「佐藤彦五郎と土方歳三の姉ノブ直系子孫」が運営する資料館ブログです。佐藤彦五郎新選組資料館HPが替わりました。新しいHPはリンクから。またはこちらへ http://sato-hikogorou.jimdo.com/
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3月15日(水)
J:COMチャンネル日野の番組収録ロケがありました。 5月13日(土)14日(日)に第20回「ひの新選組まつり」が開催されますが、 それに先立って、「ひののソコんとこ調べておいて」という番組で、日野宿本陣と当資料館が紹介されます。 「ととのいました!」でお馴染みのねづっちさんが、進行をされる番組です。 最初に午前10時から日野宿本陣でロケが行われましたが、ひの新選組まつりの実行委員長・三浦盛好さんが、ねづっちさんをご案内されました。 お昼を挟んで、午後1時にねづっちさんが、当資料館においでになり、私が資料の説明をさせていただきました。 ねづっちさんは、日野の出身であり、旧家・根津家のご子孫です。 大変聡明な方で、最後に「なぞかけ」をすることに! 私がお題を提示したのですが、本当にその場でととのえてしまうのには、びっくりでした。 どんな「なぞかけ」で、ととのえたかは、是非、番組をご覧くださいませ。 4月の一ヶ月間、毎日 9:00〜、12:00〜、20:00〜の放送となります。 動画はYouTubeでも公開されます。 ねづっちさんは長身(182cm)のため、私がずいぶん小さく映っているはずです(笑) (左から、ねづっちさん、私、J:COM櫻井アナ) PR |
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3月4日(土)
郷土史研究家・矢口祥有里さん講師による市民自由講座 「19歳の千人同心、長州出兵へ行く」の講演が、八王子クリエイト・ホールにて行われ、主人と行って参りました。 「日野の古文書を読む」研究部会で、私も釈文した文書だけに、皆様に知って頂ける事は嬉しい限りでした。 土方健之助は、1848年日野市新井村で生まれ、父の勘蔵が八王子千人同心。 兄、勇太郎は父の跡を継ぎ、由緒番代わり。 慶応元年(1865)5月、兄に代わり、同じ見習いとして、第二次長州征討に出る。 翌年11月帰国するまでの日記です。 途中、京都では、新選組に会いに行き、歓迎の会のもてなしを受けた事も・・・ 矢口さんのお話も、大変分かりやすく説明くださり、もう少しお時間が欲しい位でございました。 |
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2月19日(日)の開館日、
ひの新選組まつりで最も華やかな、隊士パレードに参加された隊士の皆様が、ご挨拶方々、見学されました。 当資料館にもよくお出でいただいている中野さん(藤堂平助)を始め、ミスター土方歳三、近藤勇、沖田総司、山南敬助、斎藤一、市村鉄之助、井上泰助の隊士の皆さんです。 どの方も立派に隊士役を務めて下さいました。 まつり初日の隊士コンテストでは、毎年審査員をさせていただいておりますが、皆様の迫力あるパフォーマンスには感心するばかりです。 また今年の隊士コンテストにも、参加されるとのことです。 5月13日(土)14日(日)の「ひの新選組まつり」は、今回がちょうど20回目となりますので、今まで以上に盛り上がるに違いありません。 |
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八王子にて帝都龍馬会主催、第28回「龍馬の手紙を読む」の勉強会に行って参りました。
阿納裕次郎氏(帝都龍馬会代表)を講師に「龍馬・詠草 和歌三首」を披露。 釈文・解読がございました。 龍馬さんが、和歌の作法と教養を、身につけていたことにも驚きましたが、その家庭環境にあったのでしょう。 祖母は国学者・井上好春の娘さんで、お父上の直足も南蘭学者に和歌を学んでいたとのこと。 龍馬詠とされている短歌は二十六首(または二十一首)。 勉強会で解読した三首は、どれも素晴らしいもので、特に恋とした歌は、龍馬さんのイメージとは全く異なり、ロマンチです。 「きゑやらぬ 思ひのさらに うぢ川の 川瀬にすだく 蛍のみかは」 次回も、和歌を勉強致す予定となっております。 皆様も是非、ご参加下さいませ。 |
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先日、相州高座郡上溝村(現・相模原市中央区)の佐藤為彦さんのご子孫が、当資料館にお出でになりました。
ご訪問について、ご自身のご先祖を調べていくうちに、「佐藤彦五郎」という名に辿り着き、当時としては珍しい「彦」を名に使っていることから、遠い親戚ではないかと思われたそうです。 佐藤為彦さんという方は、彦五郎や小島鹿之助さんと同時期の上溝の名主でした。 近藤勇さんが、佐藤為彦宅を訪問した際、佐久間象山の門弟、鷹取胖斎さんという上溝の蘭方医が先客として居り、どちらが多く「とろめし」を食べられるか競ったそうで、惜しくも勇さんが負けたという逸話も残っています。 また当資料館所蔵の「沖田総司書簡」にも、小野路、上溝にも宜しくお伝え下さいとありますので、近藤勇一門が出稽古に立ち寄った可能性もあるのではないでしょうか。 上溝村は、名主をしていた小島鹿之助家や、彦五郎の長女・なみが嫁いだ同じく名主・橋本道助家のある小野路村とはほど近い村で、親戚関係でもあるそうです。 戊辰戦争が始まり、勝沼戦争後、賊軍とされ、新政府軍に追われた佐藤彦五郎家ですが、彦五郎とノブの次男・力之助(16)も、実姉なおを頼っていき、潜伏していたのが佐藤為彦家でした。 百五十年という年月を経て、末裔同士が当時のことを話し辿っていくことに、何とも不思議なご縁を感じました。 (日野宿本陣にて、上溝・佐藤家現ご当主と) |
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福島県白河市の新選組関係者、安司さんのお誘いで、11月27日、タマ ドリーム ジャズ オーケストラの第15回定期演奏会・ヂィナーショーに行って参りました。
白河といえば、戊辰戦争では最大の激戦地となったところで、街中には斎藤一が陣を構えた脇本陣も残っています。 さて、演奏会ですが、メンバーの最高齢は95歳!平均年齢74歳という日本一高齢のバンドです。 私事ではありますが、国立音大出身で、クラシックのピアノから途中モダンジャズにはまり、卒業できない予感がしてきたため、またクラシックに戻ったという苦い経験があります。 ご高齢にも拘わらず、演奏は素晴らしいものでした。 チケットの手配をして下さったトロンボーン奏者の佐々木晃彦様、お見事な演奏でした。 MCの佐藤進夢様、笑いました! 体力・気力・知力・視力・聴力、そして集中力・瞬発力・記憶力まで衰えを感じているとおっしゃいますが、とんでもありません。充分に楽しませていただきました。 演奏会には、多摩市長様、衆議院議員の小田原潔様もご列席くださいました。 |
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10月7日
「中島三郎助と遊ぶ会」の団体様が見学においで下さいました。 中島三郎助さんのご子孫、中島恒英様とは昨年、函館での碧血碑建立140年慰霊祭でお会いして以来ですが、相変わらずお若く、お元気で何よりでございました。 中島三郎助さんは榎本艦隊と共に蝦夷に渡り、箱館戦では千代ヶ岡の守備にあたり、明治2年5月11日、箱館総攻撃後、新政府軍から恭順を勧告されましたが拒否します。 長男、次男と共に抗戦し、壮絶な死を遂げました。 会の皆様、とても熱心で、私の説明途中、何度も質問がございました。ありがたい限りです。 金城様も合流され、お天気にも恵まれ、日野を満喫されたことと存じます。 中島恒英様、またお目にかかれる事、楽しみにしております。 |
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