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  「佐藤彦五郎と土方歳三の姉ノブ直系子孫」が運営する資料館ブログです。佐藤彦五郎新選組資料館HPが替わりました。新しいHPはリンクから。またはこちらへ http://sato-hikogorou.jimdo.com/
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奥入瀬渓流をあとにして、十和田湖へ。

十和田湖は三沢の小川原湖とは違い、観光地化されていて、
湖畔のホテルや食事処が多く点在していました。
青森では、カッコーの声をよく耳にします。

「ここで昼食にしましょう」と言われ
お蕎麦を食べましたが、コシがあってとても美味しくいただきました。

湖畔では遊覧船やボートもあり、透明度も高くきれいな湖という印象です。



遊歩道を少し行くと、詩人で彫刻家でもある高村光太郎の「乙女の像」があります。
これは、光太郎の愛妻、「智恵子抄」でも知られる智恵子を造ったもので、傑作と云われています。


下から見上げて均整がとれて見えるよう、像は上のほうがボリュームがあるように作られたと桑嶋氏。


ここは記念写真のポイントで、団体客の日付入り写真用の場所もありました。


溶岩でできた恵比寿大黒島


十和田湖からは、帰路、新幹線の八戸駅に向かって所々立ち寄ります。


途中の五戸町には、新選組三番隊長・齋藤一の住居跡がありました。


会津藩士らが居住したところに齋藤一夫妻の住居があったそうです。

明治6年から7年頃までで、1年ほどで東京に移ったということです。


最後に立ち寄ったのが、五戸町歴史みらいパークで、
その中の五戸代官所というところです。




この門は文久年間に建てられたものを修復したということです。




代官所は当時のものかと思いましたが、案内板によると、復元されたものだそうです。

解説には、代官所という建物は大きくりっぱなものではなく、そのへんの大庄屋の屋敷に比べると劣るような建物であったとあります。


傍には与謝野鉄幹と与謝野晶子の碑もありました。



同じ園内には、YS-11機の生みの親、木村秀正博士記念コーナー「木村秀政ホール」を併設した、とても大きな図書館があります。



図書館内に展示されていた絵は、桑嶋氏の甥御さんが描いたものなのだそうです。


「日々」高奥昌幸・作

スケジュール通り、本日の見学も無事終わり、八戸駅まで送っていただきました。

この2日間、桑嶋氏には大変お世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。
また、今日一日、桑嶋氏と共にご案内いただきましたドライバーの大塚氏にも感謝申し上げます。
ずっと運転されていたので、大変お疲れかと存じます。
ありがとうございました。

三沢市長を始め、観光協会、先人記念館、寺山修司記念館、市関係の皆様、大変お世話になりました。
ありがとうございました。

またお会いできる日を楽しみにしております。

ブログ『in my life』でも青森の話が書いてあります。

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