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  「佐藤彦五郎と土方歳三の姉ノブ直系子孫」が運営する資料館ブログです。佐藤彦五郎新選組資料館HPが替わりました。新しいHPはリンクから。またはこちらへ http://sato-hikogorou.jimdo.com/
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昼食が終わり、羽生家に向かいました。

これまで、門内に入ることは出来ないと思っていたのですが、私が是非にと希望をお伝えしたところ、羽生謙五氏が心良く承知してくださり、羽生家見学が実現致しました。

お約束の時間より少し早かったのですが、すぐに対応してくださり、羽生さん自身が今回の見学のために作られた、4ページのガイド資料を皆さんに配られました。



先ず、150年前にお世話になった羽生家のご先祖様に手を合わせて頂きたく思い、お墓参りをお願いしました。
道を挟んだ向かいにある羽生家のお墓は墓石が沢山並んでおり、そこでお線香をあげ、ご供養させていただきました。



その後、周辺を散策致しましたが、油屋地蔵でのご説明があったり、前回、見つけることができなかったヒメザゼンソウの花をKさんが見つけ、やっと見る事が出来ました。本当に小さくて「ずきんを被った親指姫」と例えられていますが、可愛らしい姿でした。



40分ほど過ぎたでしょうか、いよいよ待望の羽生家屋敷内へ。
側にある通用門から入りましたが、このあと2時間余り、お庭から倉の中、さらに主屋の中へと、広い屋敷の中を懇切丁寧にご説明を頂けました。
これは思いもよらぬパプニングの連続でした。


(羽生家の東側、黒塀の奥に通用門があります)


(表大門。たいへん大きな薬医門です!)


(蔵は全部で6戸前あります)


(3階建ての大蔵)


(主屋の西側にある書院)




(玄関から家の中へ)

主屋の玄関から座敷に上げて頂くこととなりましたが、まさか座敷とは思っておりませんでした。子孫同士が150年の時を経て、タイムスリップしたような感覚になりした。
三条実美の書を始め、いくつかの書があり、金屏風、金に漢詩書の襖、金に墨絵の襖、春夏秋冬が描かれた襖、襖だけでも素晴らしいものでした。
羽生家代々のご説明があった後、近藤勇の書簡を披露されました。



和紙の包みから取り出された近藤勇手簡は、当時のままの状態で保存されており、別に「関東之魁傑近藤勇手簡」と書き添えがありました。
間近に近藤勇の手紙を見る事ができたことは、この見学会のサプライズであり、驚きと感激が入り混じったようでもありました。

当家の伝承では、彦五郎が置いていったものとされておりますが、この辺の経緯についてははっきりとしません。
多くの説が『羽生家に潜伏していた時期があったことから、近藤勇の書簡を預かっていた彦五郎が、置いていったものと推定される』とあります。

羽生家も同じく、徳川に準ずる幕府側でしたので匿っていただいたのですが、羽生氏曰く「近藤の手紙が預けられたのは、(羽生家が)口が固かったからと考えられます」とのことでした。

羽生家訪問は、念願でもあり、まさに夢のようなひと時を過ごさせていただくことが出来ました。このような機会を持たせて頂いた羽生謙五様に、感謝申し上げます。


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平成30年6月10日(日)
福子倶楽部会員の皆さんと、念願だった八王子市日の出町大久野の羽生家に行って参りました。
羽生謙五氏の計らいで、羽生家屋敷内に通していただき見学することが出来ました。
羽生家との関わりは、勝沼戦争で惨敗し、逃走した彦五郎らを匿ったのが羽生家でした。

慶応4年3月6日、甲州勝沼戦で敗走した甲陽鎮撫隊、共に戦った佐藤彦五郎率いる春日隊は賊軍とされ、「日野の彦五郎は草の根分けても見つけにゃ於かぬ」と狙われてしまいました。
9日、日野に戻った彦五郎は新政府軍の捜索に備え、一家散り散りになって身を隠しました。
河野清助日記には「農兵夕方返ル。・・・諸家ニテ物ヲカタ付ル。鎮撫隊、夜中逃去ル、鎮撫隊・日野農兵、朝敵ノ名ヲ請ル」と、朝敵になったので、大事な物を片付けよ。との指令が出たことが分かります。

彦五郎(42歳)は、新選組書簡類を携えて、妻ノブ(38歳)と末娘トモ(5歳)を下女アサ(18歳)に背負わせ、八王子小宮村北平の名主・平氏の案内で大蔵院に匿ってもらいます。しかし、粟の須井上忠左衛門からの官軍迫るの知らせがあり、裏から山伝いに逃げ、井上家下男がトモを背負いながらの道案内で二宮村の茂平宅に辿り着き、さらに茂平の案内で大久野村の羽生家に着きました。
すでに夜中の1時頃でしたが、「皆起き出て茂平氏より詳細を聞き、驚きながらも同情され、奥座敷で食事万端手厚い待遇を受け、安心して寝に就くことができた」とあります。

日野の佐藤家から大久野村の羽生家までは、優に20km以上はあるでしょうか、大変な逃避行だったと想像されます。

当日は台風が近づいていることもある、お天気が心配でした。

午前10時、JR福生駅に集合。皆様、時間迄に集合下さり、ありがとうございました。



羽生家見学は午後1時過ぎの予定でしたので、先ずはバスにて、塩澤山寳光寺から鹿野大仏へ。
小雨の中でしたが、坂を登って趣きのある羅漢様に出迎えて頂き、階段を上ると立派な山門があり、正面に本堂のあるお寺です。









お寺を抜けて駐車場から見える大仏様を目指して、ゆるい山道を歩くこと10分程、新しく出来立てのお姿は、なんとも慈愛に満ちた光を放たれておりました。
下見で伺った時は晴天でしたが、この日は肌の色が何とも深緑に輝き、回りの山も幻想的でした。小雨の時もお薦めです。






(かつて、ここに温泉が出たそうで、賑わったそうです)

この後、バスで武蔵五日市駅まで行き、12時から予約してあった駅近くのレストランで昼食を摂りました。





13時のバスで羽生家に向かいましたが、羽生家見学については次回お伝えいたします。


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先日、相州高座郡上溝村(現・相模原市中央区)の佐藤為彦さんのご子孫が、当資料館にお出でになりました。
 ご訪問について、ご自身のご先祖を調べていくうちに、「佐藤彦五郎」という名に辿り着き、当時としては珍しい「彦」を名に使っていることから、遠い親戚ではないかと思われたそうです。

 佐藤為彦さんという方は、彦五郎や小島鹿之助さんと同時期の上溝の名主でした。

 近藤勇さんが、佐藤為彦宅を訪問した際、佐久間象山の門弟、鷹取胖斎さんという上溝の蘭方医が先客として居り、どちらが多く「とろめし」を食べられるか競ったそうで、惜しくも勇さんが負けたという逸話も残っています。

 また当資料館所蔵の「沖田総司書簡」にも、小野路、上溝にも宜しくお伝え下さいとありますので、近藤勇一門が出稽古に立ち寄った可能性もあるのではないでしょうか。

 上溝村は、名主をしていた小島鹿之助家や、彦五郎の長女・なみが嫁いだ同じく名主・橋本道助家のある小野路村とはほど近い村で、親戚関係でもあるそうです。

 戊辰戦争が始まり、勝沼戦争後、賊軍とされ、新政府軍に追われた佐藤彦五郎家ですが、彦五郎とノブの次男・力之助(16)も、実姉なおを頼っていき、潜伏していたのが佐藤為彦家でした。

 百五十年という年月を経て、末裔同士が当時のことを話し辿っていくことに、何とも不思議なご縁を感じました。


(日野宿本陣にて、上溝・佐藤家現ご当主と)

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開館日と八坂神社例大祭が重なりました。

前日、八坂神社に行きました処、宮司様が「祇園社」の額を初公開することを教えていただきました。特別に見せていただきましたが、大変素晴らしいものでした。

さて、例大祭当日は祭儀に参列のご案内を頂いておりましたので、朝8時過ぎに八坂神社へ参りました。

お榊を奉納後、土淵宮司様により遷座300年を記念して、彦五郎が発起人をなり完成した大神輿に御霊入れの儀式が執り行われました。
私は宮司様のお声が大好きなのですが、それはそれは迫力あるもので、氏神様のお姿を見る事が出来ました。

当日は、「天然理心流奉納額」の公開とともに初公開となります「祇園社」の額は、大変貴重な額といえるでしょう。
奉納額から2年後の万延元年に完成、明治7年まで掛けられていた額で、土方歳三を始め、近藤勇、沖田総司、山南敬輔らも見た事でしょう。

佐藤彦五郎宅の大工棟梁だった鈴木亀吉さんと、祇園社の額が写っている古写真が、当家に残されております。



 

万延元年(1860)、祇園社の篇額「奉納・佐藤彦五郎俊正、古谷太助、工匠・鈴木亀吉」と額に裏書きがあります。



明治7年、有栖川宮熾仁親王の書による「八坂社」の篇額が完成し、「祇園社」の額と替えると年表にあります。
「八坂社」は彦五郎が勝海舟を通じて、有栖川宮熾仁親王に願い書いていただいた書でございます。


(絵葉書より)

「祇園社」はそのまま保管されていました。
きれいに掃除をされ、祇園社の文字は白チョークで解りやすい様に、塗ってくださいました。
保管状態がよかったせいでしょう、額は大変きれいな状態で140年ぶりに公開されました。
額を見る事が出来、大感激でした。


(一枚彫りの大変大きな額でした)


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新選組ファンの皆様はもちろん、沖田総司ファンの方々に於かれましては、総司直筆の書簡を解読してみますと、より身近に感じられたのではないでしょうか。
「一文字ずつに込められた思いを皆様方にお伝えしたい」との気持ちで、今回の彦五郎忌・講演会を企画いたしました。



何かといき届かぬ事も多かったことと存じますが(第二部の講演会は、主人の担当で…)、心配していた天候も私と皆様方の届いたのか、無事、終える事が出来ました。

今後とも宜しくお願いいたします。(館長)

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本日の彦五郎忌、盛況のうちに無事終える事が出来ました。
ご参加していただきました皆さま、本当にありがとうございました。

うれしいことに、2週間前の演劇「北の果ての理想郷」で、彦五郎役をされた神 道明さまとのぶ役を演じていただいた河村由美さまにも、ご参加いただきました。
本当にありがたく思います。



今回の講師は清水隆先生でしたが、沖田総司の手紙の釈文も一文字一文字、大変丁寧にやってくださいました。
皆さまも、満足していただけたことと思います。
「山南啓助について」の話は、無理を言ってお願いいたしました。
こちらもいい内容でした。



講演会終了後、当資料館を無料で開館いたしましたので、多くの皆さまがご来館いただきました。
今回の講演の題目でもある沖田総司の手紙も、最後に資料館で本物を見ていただけたことも皆さまの心に残ったのではないでしょうか。

皆さまには、本当に感謝申し上げます。
本日は誠にありがとうございました。
また次回お会いできますこと、楽しみにしております。
(副館長)

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本日、11時から「彦五郎忌」を行います。
お天気が心配ですが、あまり雨が降らないよう祈っております。

【第12回 彦五郎忌】
9月13日(日)
◆第1部 法 要 10時半〜受付、11時〜12時 彦五郎・のぶ 法要
○場所:大昌寺(JR日野駅から徒歩約5分)
◆第2部 講演会 13時半〜開場、14時〜16時半(予定)
     講師:新選組研究家・清水 隆 氏
    「沖田総司の書簡を読む」(山南の死を伝える手紙の解読)
    「山南啓助について」
○場所:生活保健センター/2階 講座室 90
   (当資料館より徒歩約2分)

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29日、30日の三公演、お陰様で盛況のうちに幕を閉じることが出来ました。
たくさんの皆さまにご観劇いただき、誠にありがとうございました。



初日は、皆さん多少緊張もございましたが、2回、3回と余裕も出てきました。
親子の愛情あふれるシーンでは、思わず涙がでてしまい、締めの台詞が涙声になったりもしましたが、迫力のある立ち回り、未来へのアルカディアを語る人々、また少し笑いの場面があったりと、素晴らしい公演でした。

彦五郎役の俳優・神さんは、筋肉質の彦五郎の写真を見て、5キロ絞ってこの役に挑んだそうです。

大変感激されたお客様から、3回だけでは勿体ないので、また上演してほしいという声もいただきました。


終演後、井上源三郎資料館・館長の井上雅雄様と少しお話しすることが出来ましたが、
お忙しい中、花束までいただき、感謝申し上げます。

また、議員の皆さま、日野市関係者の皆さま、日野市新選組ガイドの皆さま、佐彦会、福子新選組倶楽部、日野古文書をよむ会、馬場前市長様、その他、佐藤彦五郎新選組資料館を応援していただいている皆さま、お忙しい中、またお足元の悪い中ではございましたが、ご来場、お心遣いまでいただき、本当にありがとうございました。



(彦五郎、のぶとのシーン)


(新政府軍と渡り合う大蔵院の尼僧・慈豊)


(新選組隊士もたくさん登場しました)


(最後、子孫としてご挨拶の場をいただきました。劇団 ザ・ウエスト・パーティーをこれからもよろしくお願いいたします)


(皆さま、誠にありがとうございました)



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29日は「北の果ての理想郷(アルカディア)」の初日ですが、19時からの本番を前に、15時から
「ゲネプロ」がございました。

「ゲネプロ」?
これは、舞台などで使われるそうですが、
「ゲネラール プローベ」というドイツ語が語源になっているそうです。
舞台上で本番通りの衣装、照明、音響、本番通りの進行で行われるリハーサルで、まさに本番そのもの。一公演と同じエネルギーを費やします。

このような演劇を演るのは初めての経験で、素人は私だけです。
稽古では、台詞を覚え、相手の言ったことに合わせながら台詞を言う・・・
それに動きを付けてとなると、これが意外に大変でした。

そして、いよいよ初舞台。
まわりの役者さんに助けられ、無事終了することができました。

ありがたいことに、初日は満席となりました。
観劇された皆さま、本当にありがとうございました。
心より、御礼申し上げます。



明日は12時〜、16時〜の2公演です。

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昨日夕方から、「小屋入り」(劇場に入ることを小屋入りと言うそうです)があり、舞台設営、衣装等を作りましたが
今日は9時から21時まで、ぎっしり詰めました。

午後2時からの「場当たり」(どのシーンでは何をどうするか、俳優だけではなく、照明・音響・大道具などを決めていく)では、サウンド、照明、スポットライトのチェックがあり、
客席から見ていると、照明効果があまりにきれいで、感動的でした。

自分のシーンでは、照明が驚くほど熱く、汗が吹き出るほどでした。

とにかく精神的にも体力的にもハードな現場です。
本番まで持つか心配です。

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