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  「佐藤彦五郎と土方歳三の姉ノブ直系子孫」が運営する資料館ブログです。佐藤彦五郎新選組資料館HPが替わりました。新しいHPはリンクから。またはこちらへ http://sato-hikogorou.jimdo.com/
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7月15日(日)
前日に引き続き、白河戊辰150周年記念事業「甦る仁のこころ」特別講演が行われました。



日本の歴史家・加来耕三氏、以前、NHKヒストリアを担当された渡辺あゆみアナ、お二人それぞれの講演があり、その後、脚本家・山本むつみ氏に、鈴木白河市長を加え、4人でのシンポジュウムと続きました。







加来氏の講演タイトル「明治維新まさかの深層」ということで、爆弾発言もユーモアもありでした。
また、白河にもご縁があるようで、初代・阿部忠明さんの家臣が加来氏のご先祖様だということでした。

終了後、大量の花束が出口にスタンバイ。



昨日の祭壇に飾られたお花を一つづつ、おすそ分けの用意でした。
お心配りに感謝とともに、東京まで枯らさぬよう、すぐにタオルを水に浸し、茎に巻いて帰りました。
無事、元気のまま今だ持ちこたえています。
・・・ということは、昨日の終了後、祭壇を撤去し、花束を作る作業。徹夜仕事だったはずです。
とことん、おもてなしされました。
お心遣いに感謝、ありがとうございました。

最後に今回の150周年記念事業で、たくさんの冊子や記念品を頂きましたが、多くの方々に伝えたい記念式典でもありました。

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7月15日(日)
本日行われる「白河戊辰150周年記念事業「甦る仁のこころ」特別講演までの時間、隣りの白坂駅に「アウシュビッツ平和博物館」があることを知り、見学に行きました。

白坂駅から徒歩で行くことが出来ます。
たった一駅ですが、時刻表を調べておかないと大変です。一時間に一本ですから。
時刻表には、平日、土日の区別はありません。







開館時間:10時〜17時
休館日:火曜日
入館料:一般500円、高校生300円、中学生以下無料


150万人の命が奪われた収容所ですが、知らなかった事実に涙が出るほどでした。
アウシュビッツに出口がない。あるとすれば屍体を焼く焼却炉を煙突のみである。





見学者が私ひとりだったものですから、帰りがけ、小渕館長ご夫妻の親切が有難かったです。

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7月14日(土)
新白河ウインズが駅前にあり、びっくり!
乗馬クラブでインストラクター勤務の二女のために、グッズを購入しました。
この日は福島競馬に藤田菜七子騎手が出ていたようです。





白河戊辰150周年記念事業
甦える「仁」のこころ 合同慰霊祭



白河文化交流館コミネス・大ホールにて行われました。
ホール舞台いっぱいの祭壇に驚き、客席も満員で、前列は献花者の市長さん、議員さん、お殿様ご子孫の方々がお揃いでした。
空席を探して座ると、何ということでしょう!偶然にも2つ隣りに勝海舟ご子孫の高山みな子さん、相馬主計ご子孫の相馬亜紀さんが居られ、お客様のお気遣いで三人並んで座ることができました。



開式には主催の鈴木和夫白河市長のご挨拶に始まり、祭文は阿部家22代当主の阿部正靖氏。
その後、福島県神社庁による大祓と仏教会による読経、献花と続きました。



そしてなんと、安倍総理からのビデオレターが流れるという展開に、会場がざわざわ...と、ざわめきました。

クロージング・セレモニーでは、紺野美紗子さんの朗読に篠笛とピアノ演奏が素晴らしい色を添えて閉式となりました。
閉式後、宮川清志ご夫妻、沖田千恵子さんご家族も揃い、新選組メンバーとの出会いに感謝。




「炎昼や  戊辰墓石に  語り聞く    ふう車」

その後、新白河の第一ホテルへ移動してのレセプション・パーティー。
立食形式で、手前方のテーブルには新選組オーラが出ていたと.....。
縁ある方々ともお話ができ、楽しい時間を過ごせました。

白河の安司さん、植村先生にもご配慮頂きました。
これ程、大規模な慰霊祭と思いませんでした。
関係者の方々のご苦労は幾許かと存じました。

明日は特別講演に参加させて頂きます。


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7月13日(金)
福島県立博物館「美しき刃たち」刀剣展会場へ。




(会津若松市長と)

オープニング・セレモニーで、土方歳三の愛刀「越前康継」の協力者として紹介を受けました。
会津若松市長をはじめ、関係者によるテープカットで開幕。



本番の展示は息を飲むほど、緊張感のあるものになっておりました。
ライティングも工夫があり、ペンライトを当てなくても波紋が綺麗に見えます。



当日のみでしたが、富士美術館の鴨木学芸員の解説が分かりやすく、素晴らしかったです。
福島の刀剣、甲冑のコーナーでは、博物館学芸員・小林めぐみ氏が解説され、ご来場の皆さんも釘付けになって、聞き入っておりました。



後から分かったのですが、「越前康継」の展示にあたり、刀匠の月山貞信氏が手入れしてくださったとのこと、感激いたいました。


下記は、福島民報の記事より転載しました。


「土方歳三の所用刀「越前康継」の手入れをする刀匠の月山さん」
7月13日の福島民報より


P.S. グッズ販売では、土方歳三の愛刀「越前康継」のマスキング・テープ(¥400)も作って頂きました。
数も限定だそうですので、お早めに!

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7月13日(金)から始まる「美しき刃たち」展(於:福島県立博物館)、オープニング・セレモニーに出席するため、前日に会津若松に向かいました。

新幹線で郡山駅まで。会津若松駅へはここから在来線に乗り換えて約70分ほどでした。



あらかじめ、主催である福島民報のK氏がお迎えくださいました。
「ここは盆地なので暑いでしょう」と言われましたが、確かに郡山駅は爽やかでしたが、蒸し暑く感じます。
市内を案内していただけるとのことで、ご好意に甘え、まだ見学していなかった「日新館」へ向かいました。



日新館に着きましたが、大狛犬が鎮座する戟門を抜けると、正面の大成殿は正に斎藤一所縁の湯島聖堂の大成殿のようでした。
「湯島聖堂と同じ...」と思わず口にすると、近くにいたボランティア・ガイドの方が、実際に湯島聖堂に行き研究し、それを基に建築されたもので、本家の湯島聖堂の大成殿よりも少し小さくしたとのことです。



その後もガイドさんが付いて下さり、説明を受けながら見ることが出来ました。






昼食はさっぱりお蕎麦をいただきました。
良い店を案内下さり、そば粉100パーセントの贅沢な蕎麦で、つゆも辛めの東北の美味を満喫しました。

その後、お見舞いも兼ねて白虎隊記念館へ。
早川広行(館長)氏とお話出来ました。
天寧寺に近藤勇の首がある説ですが、大正13年發行の「會津會々報」に記事として
「.....土方歳三が近藤の首を携え來りて葬りしものにて......」掲載されたと原本を見せて頂きました。
この説は当時の状況からすると厳しいでしょうか。



白虎隊記念館を後に、「コーヒーでも飲みましょうか?素敵な店があるんです。」と連れて行って頂きましたが、貸し切りだったため、博物館の喫茶店へ行くことに。
明日から開催の「美しき刃たち」展示の様子も兼ね、福島県立博物館へ向かいました。


(福島県立博物館、外装工事中でしたが館内は問題ありません)

展示は最後の詰めの段階で、まだ作業中でしたが、今までにない様な素晴らしい展示を見ることが出来ました。
明日のオープニングが楽しみです。


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7月7日(土)

多摩デジタル新選組資料館主催の「新選組講演会」に行って参りました。

これは、小島資料館と当資料館の新選組に関する資料類が、ネットで無料で見られるという優れものです。(多摩デジタル新選組資料館-ADEAC)
当資料館も協力し、昨年から撮影したものを、両方の資料館が解説を付け、公開しております。

次回は書簡を公開致しますが、釈文が隣り合わせで出るので、非常に分かりやすく見ることができ、自宅に居ながら調べものが出来ます。
私も少しづつ公開すべく作業をしております。

講演会のほうは、権東品氏の「近藤勇の虎徹」、小島政孝氏の「天然理心流」、佐々木英明氏の「近藤の門人」があり、興味深い話を聞くことができました。

参加されたなかに「天然理心流試衛館」高鳥館主とその門人10名がおいでになり、ここの所、毎週のようにお会いしているようですが、本当に勉強なさっておいでです。
可愛いトートバッグを頂き、さっそく使わせて頂きました。



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7月1日(日)

釣洋一氏による講演会

4ページのレジュメを頂き、沖田総司の系譜2枚を終焉日、西暦、旧暦、明六、暮六等の一覧表は目がクラクラ。
総司の正しい終焉日が解る表で、さすがに研究家の第一人者です。



参加の方々は、伊東成郎さん、山村竜也さん、高鳥館主・天然理心流試衛館、結喜しはやさん、松下隊長・流山隊一行、伊藤哲也さん、歳月堂さん他。
また沖田家の皆さまもおいでになりました。

二次会には私は参加出来ませんでしたが、毎年渋谷駅にて行われます。
なぜか総司忌は山村竜也さんが引率係となって、皆さんを案内くださいます。
そして、以前何度か参加しましたが、二次会では大河ドラマで2度も時代考証をされた先生にも拘わらずお世話係になるのです。
(以前、菊地明さんが「山ちゃん、ビールお代わり!」と呼びつけていました。笑)

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6月24日(日)
箱館戦争と碧血碑(碧玉の志士たちの150回忌)

「八百の 夏星の待つ 蝦夷の旅   ふう車(佐藤福子)」

碧血碑前慰霊祭に副館長とともに参りました。

今回は、福子倶楽部会員の2名と同行で、レンタカーを借りてくださっていたので、移動が本当に助かりました。
碧血碑前受付で、白鳥さんとお姉様の平澤さん、榎本隆充さんにご挨拶した後、碧血碑前に参りますと、いつもと違う棟札に気付きました。
すると、北海道東照宮の大谷宮司様による慰霊が始まり、びっくり致しました。
今までは仏式での法要でしたが、今年は追悼150回忌ということで、碧血碑前では神式、明日、實行寺では仏式という特別な法要が行われるとの事でした。
これは150年ぶりに当時のまま再現された本当に特別な事でした。
私も歳三の子孫でもありますので、遺族として玉串を捧げさせて頂きました。





6月25日(月)
實行寺・本堂にて、150回忌大法要



私は初めて本堂に参り、望月僧侶様による法要に参列いたしました。
2年前、大雨のため、碧血碑前ではなく本堂で行われたということですが、立派な本堂に席が設けられ、昨日に引き続き、榎本さんご家族もおいでで、ご子息様ともご挨拶させて頂きました。
法要後は、五島軒でのトークショー、会食と続き、19時に閉会となりました。

2日間に渡る特別法要に参加出来ました事、函館碧血会の皆様方に改めて御礼申し上げます。

「八百の 魂は夏星 蝦夷の旅   ふう車」





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6月17日(日)
彫刻家の金子マコト氏が、新しく作られた『土方歳三の座像』をお納めに、来館されました。

ご丁寧に、彩色のものと無彩色のもの、2体をお持ちくださいました。
無彩色の座像も銅像のようで歳三らしく、彩色の方は重みがあり、どちらも素晴らしく選びかねておりましたところ、2体置いていってくださいました。

写真の歳三を丹念に見て制作されるそうですが、襟に隠れたポケットを見つけてしまうと、やり直したりの繰り返しで、完成まで1年がかりだったそうです。
妥協を許さない金子氏の姿と歳三が重なり、前回の馬上の歳三も迫力あるものですが、こちらの作品も素晴らしい出来となっておりますので、是非多くの方に見て頂きたく思います。

昨年のN.Yでの展覧会のお話も伺え、大成功だったとのこと。大枚を叩いても作品を欲しいというお客様もいらしたそうで、益々のご活躍を楽しみにしております。

作品は大切に展示させていただきます。
改めて心から感謝申し上げます。











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昼食が終わり、羽生家に向かいました。

これまで、門内に入ることは出来ないと思っていたのですが、私が是非にと希望をお伝えしたところ、羽生謙五氏が心良く承知してくださり、羽生家見学が実現致しました。

お約束の時間より少し早かったのですが、すぐに対応してくださり、羽生さん自身が今回の見学のために作られた、4ページのガイド資料を皆さんに配られました。



先ず、150年前にお世話になった羽生家のご先祖様に手を合わせて頂きたく思い、お墓参りをお願いしました。
道を挟んだ向かいにある羽生家のお墓は墓石が沢山並んでおり、そこでお線香をあげ、ご供養させていただきました。



その後、周辺を散策致しましたが、油屋地蔵でのご説明があったり、前回、見つけることができなかったヒメザゼンソウの花をKさんが見つけ、やっと見る事が出来ました。本当に小さくて「ずきんを被った親指姫」と例えられていますが、可愛らしい姿でした。



40分ほど過ぎたでしょうか、いよいよ待望の羽生家屋敷内へ。
側にある通用門から入りましたが、このあと2時間余り、お庭から倉の中、さらに主屋の中へと、広い屋敷の中を懇切丁寧にご説明を頂けました。
これは思いもよらぬパプニングの連続でした。


(羽生家の東側、黒塀の奥に通用門があります)


(表大門。たいへん大きな薬医門です!)


(蔵は全部で6戸前あります)


(3階建ての大蔵)


(主屋の西側にある書院)




(玄関から家の中へ)

主屋の玄関から座敷に上げて頂くこととなりましたが、まさか座敷とは思っておりませんでした。子孫同士が150年の時を経て、タイムスリップしたような感覚になりした。
三条実美の書を始め、いくつかの書があり、金屏風、金に漢詩書の襖、金に墨絵の襖、春夏秋冬が描かれた襖、襖だけでも素晴らしいものでした。
羽生家代々のご説明があった後、近藤勇の書簡を披露されました。



和紙の包みから取り出された近藤勇手簡は、当時のままの状態で保存されており、別に「関東之魁傑近藤勇手簡」と書き添えがありました。
間近に近藤勇の手紙を見る事ができたことは、この見学会のサプライズであり、驚きと感激が入り混じったようでもありました。

当家の伝承では、彦五郎が置いていったものとされておりますが、この辺の経緯についてははっきりとしません。
多くの説が『羽生家に潜伏していた時期があったことから、近藤勇の書簡を預かっていた彦五郎が、置いていったものと推定される』とあります。

羽生家も同じく、徳川に準ずる幕府側でしたので匿っていただいたのですが、羽生氏曰く「近藤の手紙が預けられたのは、(羽生家が)口が固かったからと考えられます」とのことでした。

羽生家訪問は、念願でもあり、まさに夢のようなひと時を過ごさせていただくことが出来ました。このような機会を持たせて頂いた羽生謙五様に、感謝申し上げます。


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